2014年03月15日

パチスロ遍歴C〜スロ生活者として心が折れた時〜 


時系列的にはパチスロ遍歴B(パチンコ編前半)前回よりも
前になりますがパチスロ生活者として心が折れた時を
思い出したので番外編ということで書いてみたいと思います
カテゴリ パチスロ遍歴@〜B
http://shinogushikanaui.seesaa.net/category/22218958-1.html

大まかな流れは
21歳 初スロット 数ヶ月負け続ける
この時代の主流ストック機を理解し始める
22歳 閉店チェック&ボッタ店でゲーム数狙い
22歳 後半 駅前のボッタ店を抜け出し優良店で
    設定6狙いをするようになる
23歳 5号機時代突入 5号機1発目は初代エヴァ 
24歳 リングにかけろ スパイダーマン
ガッチャマンなど高スペック機種で収支は上々
25歳 パチ屋がギリギリまでみなし機を使っていたが
本格的に5号機時代に 勝てなくなる 神奈川→千葉
26歳 2ヶ月ほど店周りするも脈なし 
ようやくパチンコに興味を持ち始める
打たずにとにかくネットでブログを読み漁ってプロの思考
(釘の保全など)、計算を身につける
3円交換店で海物語地中海を中心に稼働
釘は読めなかったが打ってみて回った台をローテする
持ち玉全ツッパの立ち回りで生活費くらいは稼げるようになる
しかし今後も稼げるか不安は拭えず
28歳 ようやくパチンコに慣れてきた 目処が立った気がして
非稼働日に遊ぶようになる&神奈川に久しぶりに行く
26歳〜28歳は不安で非稼働日も遊ぶ気になれず
引きこもりに近かった

    
前置きが長くなりましたがここから本題
パチスロ仲間からは昔はもっと・・・・色々聞き、年々規制が
厳しくなっていることに不安を感じつつも
大学に週2・3通いながら年間収支が520万となった
このままスロット1本で生活していけるかもと思っていたと思う
3つ年下だが私よりも腕があってノリ打ちする事が
多かったG君の存在も大きかった

しかし5号機時代になってしばらくすると
月の収支は20万くらいに下がっていった
そして末期には稼働自体ができなくて何をしたらいいか
わからなく、毎日溢れたスロ仲間と食事に行くことくらい
しかやる事がなくなっていった
何げにこれが心を折っていった一因だと思う

少しは動いて相鉄線沿いも行くようになったが今思うと
これまでの行動範囲が狭過ぎた
例え足を広げたとしても寿命が数ヶ月か1年くらい伸びる
だけで根本的解決にはならなかったので早く駄目になって
結果的にはラッキーだったと思う


ある日この日もあてがなく近所の店でサラリーマン金太郎の
朝一RTを打っていた コイン1枚入れるだけで判別可能
確かビックとミドルを1回ずつ引いて1万弱のプラス収支
だったのだが換金するときにふと悲しくなった
こんなことしても今後には繋がらない
3台打って期待値的には数千円
どこに行ったら期待値が拾えるかもわからない
完全に迷っていて自分がパチスロ生活者として時代の変化
についていけてない 
限界だなと思った1日でこの日完全に心が折れた
そのタイミングで親から実家に帰って来いと言われ
気力がなかった私は素直に千葉に帰るのであった
そして後にスロット生活者→パチンコ生活者に
転向することとなる
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posted by エルレボ at 16:16 | パチスロ遍歴 | 更新情報をチェックする
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